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Selfishly

Selfishly

S、P 12「岐路」


スローライフ S
         Pa 12 「岐路」


H19,2/4 23:40




ロイ・マスタング中将の瀕死のニュースが、
アメトリス全土に流れる頃。
エドワードの休学届けが送られ、受理されていた。

ロイとの関係を知っている親しい者達は、
『事情が事情だから』と理解を示し、
多くの知らない人々は、
今日は姿を見せないエドワードの事を
てんでに憶測していたりした。


「レイモンド・・・、レイモンド・ロウエル君。」

講義の終わった学内から、早足に立ち去ろうとしていた
レイモンドが、呼び止められる声に足を止める。

振り返った先には、思ったとおりの人物が立っていて
レイモンドは心の中で、舌打ちをする。

「何か?
 フレイア・カーネルさん。」

学友同士であるはずのフレイアに、余所余所しいまでの口調で
聞き返すレイモンドに、フレイアも 言葉を詰まらせる。

「・・・フレイアで結構よ。」

覇気のある いつもの彼女らしくもなく、
語気には強さがなく、沈んだ面持ちを見せている。

「エド・・・エドワードの事なんだけど・・・。」

何と話し出したら良いのかと、戸惑う彼女の様子をよそに
レイモンドは、はっきりとした口調で告げる。

「ああ、君がエドワードを巻き込んで起した
 馬鹿芝居の事か?」

レイモンドの言葉に、フレイアの瞳が驚愕に瞠られ
もの問いたげに、唇を震わす様を見て、
レイモンドが、彼女が言葉を告げるより先に
話を続ける。

「誤解のないように言っておくが、
 エドワードが話したわけじゃない。

 彼は、女性に優しいタチなんで
 どんなに独り善がりな、馬鹿な女にかけられた厄介ごとであろうとも、
 その女性に恥をかかせないだけの思いやりがあるんでね。」

レイモンドが簡潔に告げた、遠慮の無い言葉に
フレイアは、傷ついたような表情を浮かべる。

「軍に影響力があるのが、自分の家だけだと思わない事だ。

 君の親族に連なる者で、こちらの者も多いことは
 知っているだろう。」

軍からも、親族からも、情報には困らないと語っている
レイモンドの言葉に、フレイアも項垂れる。

「それに、エドワードの事を、
 その程度に思っているような者では
 話にもならないな。」

馬鹿芝居を打って迷惑をかけた者に
猜疑を浮かべるような人間は相応しくないと
仄めかす言葉は、更に彼女の心情を打ちのめす。

言葉も無く立ち竦む彼女に、冷めた一瞥を向けると
もう、関心はないとばかりに踵を返そうとし、
告げておかねばならない事を通告する。

「今後、エドワードに関わるのは止めてもらおうか。

 無用に彼に迷惑をかけるようなら、
 優しい彼がいいと言っても、
 俺は 黙ってはいない。

 ロウエルの名にかけてと言えば、わかるな?」

能力主義の家系存続を旨として巨大な財閥になったロウエルの
次期若き当主と言われている彼の言葉は
それだけで重みが十分にある。

握り締められた拳が小さく振るえ、
悔しそうに噛み締められている唇が開かれない事を見て取ると
レイモンドは、今度は一顧だにせずに
立ち去る為に踵を返す。

「・・・・は、どうなのよ。」

去ろうとしているレイモンドの背中越しに届いた言葉に気づいたが
足を止める事はない。

無視して去ろうとする後姿に、
フレイアは、負けじと言葉を投げつける。

「偉そうに奇麗事を言ってるあなたは、どうだって言うのよ!

 友達として傍に張り付いて、虎視眈々としているのは
 卑怯じゃないと言うわけ!」

叫ばれた言葉に、レイモンドが忌々しそうに振り返り
尚も言い募ろうとする様子を見せるフレイアに、
舌打ちをすると、彼女の元に歩み戻り
腕を掴むと、強引に引っ張って行く。

突然のレイモンドの行動に驚いたように抵抗を示していたフレイアが
掴まれていた腕を振り解くと、毅然とした歩調で
レイモンドの横を歩く。

レイモンドは、その潔い彼女の態度に
思わず歩くのさえ忘れて、マジマジと彼女を見る。
深窓の令嬢と言っても差し支えないはずなのだが、
どうやら、彼女、フレイア・カーネルは
自分が知っている女性たちとは、かなり違うようだ。

頭を毅然と上げて、背を真っ直ぐに伸ばして歩く彼女の姿は
恋敵にあたるレイモンドの目にも、天晴れな姿に思えてくる。

人気の無い通りにくると、どちらともなく歩みを止めて
互いに向かい合う形で、どちらが話し出すのかを探るように
相手を見る。

そして、徐に口火を切ったのは
辛抱の足らなさか、人生経験の浅さの違いか
フレイアの方からだった。

「あなたが 何を言おうが、何をしようが
 私の気持ちは変わらないし、あきらめないわよ。」

レイモンドの目を見ながら語られて決意は
揺らぎようの無い意思を瞳に浮かべている。

「・・・君の気持ちはわかった。

 が、だからと言ってエドワードの気持ちを
 無視する理由にはならないだろう?」

幾分、先ほどよりは柔らかい口調で返事を返していく。

「最初は、どんなきっかけでも構わないのよ、私は。

 きっかけはきっかけに過ぎないでしょ。

 大切なのは、手に入れたその後、どうして行くかよ。」

言い切る彼女の強さには、レイモンドも思わず心中で感歎の賛辞を上げる。

「手に入れても、どうにもならなかった場合は?」

だから思わず聞いてみる。
あきらめる事を選択し、尚 足掻くように彼の傍にいるしか出来ない自分を思い浮かべて。

「手に入れれた事に満足するべきでしょうね。」

彼女とて、唯の甘やかされて育てられただけの子供ではない。
全てを欲することの強欲さはわかってはいる。
1つを手にすれば、何かを手放さなくてはならない事もある。
でも、大切なことは、何を手にしたいと自分が望んでいるかだ。
手に入れた結果、自分が望んだ事とは違う
歪んだものになったとしても、
その結果は、甘んじて受けなくてはいけない。
それ程の覚悟なくして、欲しいものは手に入らないだろうから。

言葉にされなかった彼女の思いが伝わってくる。
自分には、越えれなかった境界線を
彼女は、間違わずに進んで行く。
それは、彼女が 最初から1つの選択しか選んでないからなのだろう。
欲張ることは身を滅ぼす。
だから、最初から1つしか選ばずに・・・。

最初に浮かべていた嫌悪感は綺麗に消えて行く。
だから、素直に聞いてみた。

「聞いていいか?

 どうしてそこまで思えるんだ。

 何故、彼 エドワードで無ければならなかったんだ。」

誰かに答えて欲しいと思っていた想い。
自分で自問自答し、それでも 満足の行く答えを見つけれずにいた。
その答えを、彼女なら、真っ直ぐに前を見据えて
遮られる壁を越えて行く彼女なら、
自分の望んでいる答えを聞かせてくれるのではないだろうか?
そんな予感が、彼の口をついて流れて行く。

フレイアは、同類の憐れみを込めてレイモンドを見る。
彼が、エドワードに想いを寄せている事は
最初、一目見たときから感じていた。
自分と同じ、エドワードを見ている彼の瞳には
自分と同様の色を浮かべていたから・・・。

強引な方法でエドワードを手に入れたとしても、
決して、自分の者にならない人に恋焦がれる自分と同様の。


「その答えは、無用でしょ?

 とうに解っている答えを、蒸し返す必要は互いにないはずよ。」

人を好きになったとき、何度、何十、何百と繰り返される問い。

『何故、その人でなければ駄目なのか?』

自分のモノにならない人間を、何故 自分は こうして身を焦がすように
片時も忘れず思い続けていなくてはならないのか?

振り向いてもらえない辛さは、時には身を苛んで
惨めさに眠れない時もある。

卑怯であっても、強引であっても
自分自身、自己嫌悪に陥るときがあったとしても
その人間が欲しいと思ったとき、
その答えは、1つしかないのだ。

『彼だから、その人だから。』

それ以外の答えは無いし、必要もない。
そして、後は 目的の為の手段である行動の違いしかない。

フレイアは、どこか悄然としている青年の顔を見る。
エドワードを手に入れる事を諦めれば
彼のこの表情は、今の自分が浮かべていた事になるのだろう。
そう思うと、決して 後悔はしないと心に誓う。

後悔して、悔やんで過ごす位なら、
自分に出来る最大限を続けて行く。
例え、どんな結果になったとしても
自分は、決して諦めないだろう。

女性とは、諦めが悪く、しぶとく、強かな生き物だ。
変に、男性の方が、潔すぎて諦めがいい。
が、唯一欲しいものを手にするときに
物分りの良い振りをしていては、何一つ手に入らないし
動けやしない。

レイモンドを見ていると、つくづくそう思えてくる。
そして、自分は、女性で良かったと思った。
諦めが悪く、足掻くのが得意な女性だからこそ、
素直に追いかけれるし、自分を誤魔化さなくていい。

女として産まれた事を、何度と無く後悔してきた人生で、
初めて、自分が女性でよかったと思える自分がいる。
それだけでも、エドワードを本気で好きになって良かったと思える。

そして、敵に塩を送る程 度量のない自分は、
彼が欲している答えなど、教えてやらない。
答えてもらって、納得する程度のことならば
その事は、本人の中では 些少の事なのだ。

フレイアは、戸惑い悩んでいるレイモンドの様子には
気をかける事も無く、その場から去るために歩き出す。
『留まる事を選んだ者は、留まればいい。』
そう思いながら。



夕刻を少し回った時間に、レイモンドは エドワードの、
正しくは、マスタング邸の門の呼び鈴を鳴らす。

フレイアと話した後、レイモンドは放心したように
しばし、その場で硬直したまま立ち竦んでいた。

彼女の、堂々とした態度を見せられると
自分が酷く矮小で、惨めに思えてくる。

『全く・・・、女性には敵わない。』

まだ、長くない人生の中で、何度か思った事を
さらに、認識を深める。
レイモンドが、そう思わせられた女性たちよりも
はるかに歳は若いが、女性は女性だという事だろう。

無茶苦茶な言い分なのだろうが、
そこには、紛れも無い真実が混ざっていて
自分ごときでは太刀打ちできないものが存在している。
遇の音も出ないとは、本当だ。

鳴らした呼び鈴の返答があるまでの間、
そんな事を思いながら待つが、
なかなか、返答も、玄関の扉が開く事も無い。

もしかしたら、東方に出た後なのだろうかと思い、
連絡をしてからくれば良かったと後悔した。
マズタング氏のニュースは、街に広がる前に
当然、エドワードには伝えられているだろうから
いずれにしろ、エドワードが東方に出向くだろうとは思っていた。

その前に、得た情報をエドワードに確認したいと
思っての早計な行動だったが、一足遅かったようだ。

去りがたい思いが、再度 呼び鈴を鳴らす。
変わらない沈黙に、レイモンドはため息を付きながら
帰ろうとして動き出そうとした瞬間、
小さく玄関の扉が開かれる。

「エドワード?」

灯りの点らない邸内から、外部の光に返る色彩が
エドワードである事を知らせてくる。

「あ、ああ・・・レイ?」

姿をようやく見せたエドワードの様子に
レイモンドは異変を感じ取る。

「ああ、そうだ。

 門を開けてもらえないか?」

訪ねてきた人間に対する当然のことを伝えると、
エドワードが逡巡した様子を見せる。

「エドワード?」

遠目には、はっきりとは解らないが
酷く憔悴した様子が感じられる。
もちろん、マスタング氏が、あんな状態なのだろうから
溌剌としているわけは無いのだが、
それにしても、それ以上に覇気がない。

妙な焦燥感に囚われながら、なかなか開けに来ようとしてくれない
エドワードの様子に心配を募らせる。

「エドワード、どうかしたのか?」

離れた距離から、声を上げてかけてきてくれるレイモンド
心配が伝わっているのだろう、
首を小さく横に振ると、やっと門の方に歩き出してくる。

近づいてくるにつれ、エドワードの様相が悪い事がわかる。
酷く憔悴しているのだろう、顔色も悪く
目の下には隈が濃い色を落としている。
いつもは、輝くような金の髪も
今日は、酷くくすんでいるようにさえ見える。

「大丈夫か?」

言葉短いレイモンドの心配も、
小さく頷く事で、返してくる。

「マスタング氏の容態は、そんなに悪いのか?

 君は、まだ出かけなくて大丈夫なのか?」

エドワードが、これ程 やつれる位心配しているのだとしたら、
マスタング氏の様態は、かなり危ないと言う事だろう。
が、それなら エドワードが、ここに残っている事がわからない。

「ああ、うん。
 多分、ロイは大丈夫だと・・思う。

 特に容態が悪化したとか連絡はないしさ。

 皆、命には別状が無いって言ってたし。」

心もとなげに告げる言葉と、
無理に作ろうとしている笑みが、痛ましい。

「とにかく、中に入れてくれないか?

 君が、東方に出かける前に話したい事もあったし。」

門の傍に来ても、一向に開ける気配の無いエドワードの様子に
一抹の焦りを感じながら、頼んでみる。

が、レイモンドの浮かべた予想のとうり、
エドワードは、首を横に振りながら、
レイモンドに戻るように伝える。

「ごめん、今 ちょっとゴタゴタしている最中でさ。

 悪いけど、また 日を改めて来てくれるかな?

 ごめんな、折角心配して来てくれたんだろうけど。」

済まなさそうに頭を下げると、エドワードは家に戻るために
身体を動かす。

レイモンドはつき動かされるような衝動に
思わず手を伸ばし、離れて行こうとしていたエドワードの腕を掴む。

「エドワード!
 どうしたんだ?

 少しだけでいい、ここを開けてくれないか?」

レイモンドの必死な様子に、エドワードは申し訳なさそうな表情を浮かべ、
首を横に振りながら、掴まれた腕を離そうと手をかける。

「ごめん・・・、本当に、今は、無理なんだ。」

そう言いながら、掴まれた手に力を込めて離そうとするエドワードの様子に
レイモンドは、切り札とばかりに、
今 エドワードが1番反応を見せる相手の名前を告げる。

「ロイ・マスタング氏の事に関する話だとしてもか?」

レイモンドに告げられた名前に反応して、
エドワードは思わず、はがそうとしていた指から
力を抜いて、レイモンドの方を向く。

「ロイ・・、の事?」

「そうだ。」

「どんな?」

訝しそうに眉を寄せるエドワードに、
レイモンドは、要求を伝える。

「まずは、ここを開けてくれ。

 立って、話が出来る事でもないから
 中に、入れてくれないか?」

でないと、話さないと言うレイモンドの様子に
エドワードは、酷く躊躇う様子を見せるが
深いため息を付きながら、あきらめたように門の鍵に手を伸ばす。

玄関の扉を開ける前に、エドワードが振り返り、
神妙な表情を浮かべてレイモンドに話す。

「1つだけ約束してくれ。」

エドワードの真剣な様子に、レイモンドも思わず表情を固くする。

「もし、危ないとか思った時は
 すぐさま、俺に構わず、この家を飛び出してくれよな。」

言われた言葉の意味がわからず、
怪訝な様子で、エドワードを見つめる。

その様子には答えずに、エドワードが、再度、念を押してくる。
疑問が残るままに頷いて了承の返事を返すと、
エドワードが仕方なさそうに、扉を開いて
レイモンドを招き入れる。

夕刻からすでに夜に近い時間になっているのにも関わらず
邸内には灯りが燈されていなかった。
レイモンドを案内する時に、初めて気づいたように
エドワードが、次々と灯りを燈して行く。

ひどく閑散とした空気が蔓延している邸内に
レイモンドは、違和感を感じれずにはいられなかった。

何度も足を運んだ事がある家で、
こんな殺伐とした雰囲気では、当然 なかった。
どちらかと言うと、温かい雰囲気が満ちていて
戻ってくるもの、訪れるものを迎えようとした空気を
醸し出していたはずだ。

たかが、1日でこれだけ変わるものだろうか?
しかも、エドワードは今日1日
この中で、どんな生活をしていたのだろうか。
火が使われた形跡も、匂いも無い。
今日の生活行動の様子を見せるような物も
何1つ見つけられない。

目の前に疲れたように座っているエドワードに
思わず問いかけてみる。

「エドワード、食事は摂ったのか?」

レイモンドの言葉が咄嗟にはわからなかったのか、
ポカンとした表情を浮かべた後に、
いいやと簡潔な返事だけが返る。

それを聞くと、レイモンドは さっと立ち上がり
キッチンの方に向かう。

「レイ?」

呼びかけてくる相手に、座ってるように伝えると
何度かきて、ある程度勝手のわかっているキッチンを使う。

材料は、大きな冷蔵庫一杯に入っている。
レイモンドは、簡単に手早く出来るメニューを考えて
食材を取り出すと、調理にかかる。

「レイ?」

さすがに、お客のレイモンドにやらせるのは不味いと思ったのか
エドワードが、キッチンにやってくる。

「お前は、向こうで座ってろ。

 すぐに出来るから、それまで休んでいろ。」

そう、素っ気無く伝える、手で しっしっと追い払うまねをする。
それにエドワードが苦笑を浮かべると、
ごめんと小さな声で謝り、素直にリビングに戻る。

しばらくすると、空気に良い匂いが漂ってくる。
思わず、空腹を訴えてくる腹の虫に
エドワードは、自分の自堕落さを反省するしかない。

『俺が、しっかりしなきゃな。』

昨日から今日にかけて、あまりに色々な事が立て続きに起きて、
らしくもなく、後ろ向きになっていたようだ。
今、大変な目にあっているのは、自分ではなくロイなのだ。
今の自分に出来ることがないなら、
自分の事くらいは、しっかりと自分でみないと
余計な心配を、さらに相手に負わせてしまうことになる。

そう考える余裕が、やっとエドワードにも生まれてきた。
それも、こうして心配して訪ねてきてくれたレイモンドのおかげだ。
同じ場所で、長く付き合って行く友人を持った事の無いエドワードは、
身内以外にも、こうして持つ友人の有難さが
初めてわかったような気がした。

そんな事を思い浮かべていると、
レイモンドが、トレーを持って戻ってくる。

「済まない、簡単な物しか出来ないんだが。」

そう言って差し出された料理は、確かに 手の込んだ料理ではなかっただろうが
今のエドワードには十分、美味しそうに思える。
自分の為に、自分を思ってくれて作られた料理には
味以外にも、色んなスパイスが込められているのかも知れない。
ロイが、殊更、エドワードの手料理を褒めるのも
そんな思いがあっての事だったのかと、
目の前に並べられた料理を見ながら感じる。

「うんにゃ、凄く上手そう!
 サンキューな。」

今日始めての明るい表情を見せるエドワードに、
レイモンドは、内心 ホッとしながら、
どうぞと食べるのを促す。

慌てずに、ゆっくりと食事を始めながら、
レイモンドは、先ほどから思っていた疑問を尋ねてみる。

「エドワード、君は 東方に行かなくていいのか?」

うん、とか、まぁとかの曖昧な返答を返しながらも、
食事を続ける様子に、レイモンドはとにかく、
食事を優先させた方が良いのだろうと
話を変えて、大学で心配している学友達の事を伝えて行く。

食事を終えると、少し元気が出てきたのか
エドワードがお茶を淹れてくれ、二人で何を話すでもなく
まんじりとした空気の中で、
それぞれが、自分の思いを浮かべていた。

『友人なら、ここで去るべきなのだろうな・・・。』

落ち込んでいる友達を励まし、
元気を取り戻し始めた事を見届ければ
余計な詮索や追及をせずに、立ち去る事が望ましい。

落ち着けば、いずれは話してくれるようになるのを
待つことも大切だ。
無理に聞き出そうとする事は、
今までの自分達の関係にはなかった事で
その境界線は、自分できちんと弁えてきた。
そうやって培ったエドワードからの信頼を壊したくないと思う考えと、
今は、その境界線に触れても真相にせまりたい、
エドワードの気持ちが聞きたいと思う考えで揺らいでいる。

この今の自分の状態には、来る前に話したフレイアの態度が
影響を与えている事は間違いないだろう。

彼女の言葉も、態度も、意思も
自分には、目に鱗が剥がれる程だった。
驚くと同時に、新鮮な気持ちにもなった。
欲しいものを欲しいと、声を大にして叫ぶことを
恥ずかしいと思う気持ちの無い事を示す彼女の姿は
自分では、持ち得なかったものだ。
その彼女の姿勢に、心が揺さぶられていないとは
言い切れない自分がいる。

1度は、あきらめ、心の奥深くに仕舞い込み、
ずっとこの想いを持ちながら、それでも エドワードの
傍に居ることで我慢をしていたはずの自分が、
ひどく愚図り始めている気がする。

『嫌なのだ』と、今の状態では満足できないのだと。

フレイアに触発された、素の自分が反発を示すように
レイモンドの心に揺さぶりをかけてくる。

友人として、無二のポジションと
その先にある可能性の位置とを思って、
レイモンドの揺れる振り子が、不安定に伸縮の幅を広げて行く。


その振り子を、さらに傾ける事になる、
エドワードの言葉が発せられて行く。

「なぁ、で、あいつの話ってなんなんだ?」

今の状況で、緊急の最新は 軍から連絡が
必ずあるだろうから、レイモンドが話したいという
内容が思いつかずに、聞いてみる。

「ああ・・・、それも話したいとは思ってたんだが・・・。」

最初は、本当にその話を確かめたかっただけだった。
けれど、目にしたエドワードの憔悴振りに
今、更に追い討ちをかけるような話をすべきなのかを
迷ってい初めてもいた。

「が、先に聞いてもいいか?

 さっき聞いたことだが、どうして東方に行かないんだ?」

自分の保護者兼、同居人の事だ。
エドワードも、てっきり東方に向かうだろうと思っていたのだが。
レイモンドが、再度、聞きなおすと、
余り聞かれたかった内容ではなかったのだろう、
エドワードの表情が曇る。

「・・・今すぐどうこうって事じゃないらしいから・・・。」

歯切れ悪い言葉と、言っている本人自体が
納得していない表情を浮かべているのを見て、
レイモンドは、更に 聞いていく。

「だが、重態なのには変わらないんだろう?

 休学を出したと知ったから、てっきり
 東方で看病に添うからだと思ってたんだが?」

皆の考えを語るレイモンドの言葉には
おかしなところはない。
有るとしたら、残っている自分の方なのだろう。

自分でも、何をしているのだろうと思うのだから。

「・・・約束なんだ。
 戻ってくるまで待つって。」

小さく、自分を納得させるかのように語られた言葉に
レイモンドが、更に疑問を浮かべる。

「重態と聞いていたが、本人と連絡が取れたのか?」

なら、本当にさほどの心配もない容態だと言う事だろう。

そのレイモンドの思いを、否定するようにエドワードの首が
横に振られる。

「いや、あいつとは話してない。

 なんか、病院に搬送される時に言付けがあったとかで・・・。」

どうにも、エドワードの言葉にも態度にも
違和感を感じて仕方が無い。

彼は、言葉よりも行動を重視してきたタイプの人間だ。

納得もしていない言葉を告げられて、
はいそうですかと大人しくしている人間では
断じてないはずだが・・。

レイモンドが、思ったとおりの事を言葉にすると
エドワードが、苦々しい表情で返事を返してくる。

「俺も、最初は、すぐに行こうかと思ってたんだけど、
 仕方ないんだ、上官命令は絶対だから・・・。」

こう見えても、エドワードが軍属である事を思い出す。
今は、学業を優先という形で落ち着いてはいるが、
それでも、軍の規律からは外れられない立場にいる。
が、それでも、今の状況は緊急措置がとられても
いいのではないだろうか・・・。

そんな事を考えていると、
エドワードが、言葉を続けてくる。

「それに、これは俺の考えだけど。
 
 今、俺が向こうに行くのが不味いことがあるんじゃないかと思う。」

「不味い・・・こと。」

「うん、昔から 結構、こういう事はあるんだ。

 あいつ、何か隠したいこととか、
 計画がある時に、俺・・・、その頃は俺らだけど
 遠ざけるために、わざわざ別の任務を与えたりとか
 してた事も多かったし。」

もちろん、それは、エドワード達が邪魔だからと言うのではない。
最初の頃は、確かに そう思って、反発を感じていた事もあった。
でも、その後の結果を知って行く度に、
自分たちが無用な争いや、危険な目に巻き込まれないようにとの
配慮だったのだろう事は、わかってもいった。

それが、今回の、戻ったら話したい事があると言う事に
関係するかはわからないが、
エドワードは、ロイが待っててくれと言うなら
ここで待っていようと思ってもいる。
戻ってくれば、必要な事は、今のロイなら必ず、
話してくれると信じてもいる。

それは、ロイとエドワードが長い年月で培ってきた
信頼をもとに導き出した確証だ。

が、レイモンドには、そこまでの二人の信頼の深さは
わかるはずもない。
エドワードの言った『不味いこと』とは
自分が知りえた情報の事ではないだろうかとの疑惑が浮かぶ。
そして、その件をエドワードも了承しているのだとしたら、
レイモンドには、許されない事だし、我慢が出来る事でもない。

「それは、エドワード、君も
 マスタング氏の婚約に賛成と言う事なのか?」

レイモンドの思いもよらない言葉に、
エドワードが、驚いたような表情で見返してくる。

「一般に知られてない事だから、
 俺が、知っているのが不思議か?

 確かに、正式に公表しているわけではないが、
 情報は、どこからでも回ってくる。」

そう言って、自分を鋭い目で見てくる友人の顔を
エドワードは、茫然とした表情で見る。

「婚約・・・?
 誰が・・・、誰と?」

エドワードの、茫然と呟かれた言葉に
レイモンドの方が、驚きを返す。

そして、先ほどの驚きを示す表情が
自分が考えた事を示すものではなかった事に気づく。

「・・・まさか、知らなかったのか?」

今回のエドワードらしからぬ行動が、
マスタング氏の為に、耐え忍んだ結果だとしたら
エドワードが納得していたとしても、
レイモンドが、そんな状態に甘んじさせているマスタング氏を
許せないと思ったのだが・・・。


レイモンドは、持ってきた封筒に入っている報告書を
エドワードに差し出す。
躊躇いを濃くして、受け取ろうとしないエドワードの代わりに
レイモンドが、封筒を開けて中の報告書を読み上げる。

『ロイ・マスタング氏の行動調査結果』
と書かれている題名から始まる報告は
ロイの1日の行動が、予測を含めてざっと流れるように上げられている。
特に、東方出張の記述は細かく、
そういう出張の取り扱いが、軍では出されておらず
ロイ・マスタング氏の個人の行動である事も確認されている。

東方での宿泊先、当日の行動、
屋敷での過ごし方。
そして、そのお相手の事。

どこに頼めば、ここまで調べられるのかと思う程の
細かな調査は、エドワードの表情を蒼くさせて行くのには十分だった。

呆気に取られて聞いていたエドワードが、
気を取り直して、レイモンドの話を遮る。

「調べさせたのか・・・?」

沈鬱な表情で聞いてくるエドワードに、
レイモンドが頷き返答する。

「以前、イーストで見かけたと言った事があっただろう?

 あの時に、どうしても気になって調査させた。」

「どうして、そんな危ない事を・・・。」

国軍の高官を調査させる等、もし、軍に知られれば
唯では済まされない事だ。
軍に所縁の深いレイモンドの事だ、知らないはずは無い。

そう、問うエドワードにレイモンドは静かに答える。

「エドワードが、君が、傷つくような事になるなら
 その相手を許してはおけないと思っている。」

エドワードは、頭を振りながら否定を返す。

「違う・・・、きっと、何か理由があるんだ。

 ロイは、戻ったら話したい事があると言ってた。

 だから、その理由を きっと、話してくれるはずだったんだ。」

レイモンドの調べさせた調査書は本物だろう。
だが、その中にはなかった大切な記述があるはずだ。
決して、報告書の上げてきた結論が正しい・・・はずがない。

そう思ったときに、一昨日の晩に聞いた老将軍の言葉が思い出されてくる。
言っていたではないか、
その婚約者の男の話を、『東方時代に司令官を勤めていた』と。
東方は、老将軍の代になってから、彼に代わる司令官は
後にも先にも、一人しか居ない。
その一人以外の時は、老将軍が役目どうり担ってきている。

でも、まさか、そんなはずはないんだ。
エドワードの心の中では、真実を問い詰め、問いかける声で
葛藤が渦巻いて行く。

あいつは言ったんだ。
老将軍がプライベートで困っているから
助けを乞われたと。
錬金術者が必要だから、自分が行くしかないのだと。

が、エドワードが、今聞いた報告の中には
錬金術のれの字も挙がってはこなかった。

ロイの自分を想う気持ちには、微塵も疑いは無い。
が、もしかしたら、その想いには変わりがなくとも
立場上、そう言う事が必要と判断されての事だったら・・・。

まさか、の否定する声と、けどと猜疑を問う声が
交互に浮かんでは、無理やり消してと
目まぐるしく点滅する。

考えに思い戸惑う様子のエドワードに、
レイモンドは、酷な言葉を告げていくのを止めない。

「エドワード、中将クラスの高官になると
 決して、一人身でおれるものではない。

 彼と縁戚を結びたいと思う人間は、
 軍だけに留まらず、あらゆるところにいる。

 中には、しがらみ上、無下に出来ない話も
 上がってきているはずだ。

 その上、さらに、これから上を目指そうとしているなら
 強力なバックアップを見つける必要性も
 今以上に強くなるはずだ。

 その中で、最適だと思える話をマスタング氏が受けるとしたら
 君は、どうするんだ?」

無常なレイモンドの話に、エドワードは両手で耳を塞ぐようにし、
首を振り続ける。

「違う・・・そんな事は、絶対にない。

 アイツは、そんな事はしない。」

そう繰り返し否定をしながら、
レイモンドの言葉を聞こうとしないエドワードに
レイモンドは、追及の言葉を止めれなくなる。

「じゃあ、今回の東方の件はどういう事なんだ?

 何故、君が東方に行ってはいけないと命令を降りるんだ?

 それは、君がいけば、マスタング氏が隠していたことが
 君に知られるからじゃないのか?」

「レイモンド!!」

エドワードが悲鳴のような声で、レイモンドの言葉を遮る。

「もう・・・、もういいから・・・。

 戻ってきたら、あいつに聞く。

 だから、もう、何も聞かさないでくれ。」

そう力なく呟かれた言葉に、レイモンドの中で
先ほどから、激しく振れ動いていた振り子が
自分では制御できない力に、振り切れていくのを感じる。

「そうまでして?

 そこまで、何故、信じようとするんだ。

 あいつの行動は、君を裏切っているんだぞ。

 君が惨めにも、ここに留まっているしかおれない間に
 あちらは、婚約者の手厚い看護を受けているかも知れないんだぞ。

 君は、そんな思い・・・、こんな目にあっても
 アイツの事を信じられると言うのか!」

肩を揺さぶるようにして投げかけられる
激しい言葉にも、エドワードは力なく首を振り、
そして、レイモンドが、掴んでいた手の力を
思わず緩めてしまう程、透明な静かな笑みを浮かべる。
その笑みを浮かべる瞳の中には、
間違いなく不安や、猜疑心、信じたいと願っている願望が
浮かんでいると言うのに。

それらの感情を押さえつけて、綺麗に微笑み告げられた言葉に、
レイモンドの中の、何かが壊れた。

「ごめん。
 レイが嘘を言っているのでも、
 間違っている事を言ってるんでもないのは
 わかってる。

 あいつの立場なら、もっと早くに
 そんな話が持ち上がっててもおかしくなかったはずだ。

 だから、あいつが話す事を聞いてみる。

 聞いてから、考える。」

何かを決意したようなエドワードの表情に、
レイモンドは、思わず震える声を止めることが出来ないまま
聞き返す。

「で、もし、これが本当の事だったら?

 エドワード、君は どうするんだ?

 まさか、納得して我慢をする・・・なんて事は。」

すぐさま否定が返ってくるものだと信じていた。
レイモンドが、ずっと憧れ続けていた鋼の錬金術師は
小さい成りに反して、豪胆で、実直で、正義感に溢れ、
曲がった事が大嫌いな人物だった。

そして、自信と実力に裏付けられて誇りも、矜持も高く
行く手に頭を垂れる者も、跪く者も持たず、
威風堂々、唯我独尊に己の信じる道を歩いてきた。

そんな彼が、まさか情人1人の為に
己を変え、曲げてまで、そんな境遇を甘んじるなど、
絶対にありえないし、あってはならない事なのだ。

縋るようなレイモンドの心中を察する事無く、
エドワードは否定も、肯定も返さない。
悩み、戸惑う、唯の弱い人間の素の部分を晒すだけ・・・。

レイモンドの中で、全てを薙ぎ倒し壊して行く程の
凶暴な感情・・・それは、怒りと呼ばれる・・・が、
自分の思考も、価値観も、存在さえ瞬間に粉々に壊し
荒れ狂っていく。

その矛先には、自分を裏切ったように思えるエドワードに向かい、
更に深い憎悪で、エドワードを、そこまで貶めたロイに向かう。

レイモンドは、肩を掴んでいた手を、ゆっくりと外すと
華奢な様子を見せる白い項に絡み付ける。

そして、ゆっくりと力を込めて行く。

最初は、レイモンドが、何をしようと
しているのかわからなかった、
エドワードの表情が、不思議そうな表情から、
驚愕でみひらかれるまでの時間は僅かしかなかった。

次第に力が強くなる手のひらに、エドワードは苦悶の表情を浮かべ
手を剥がそうと足掻く。
何か言いたげに開く唇から、言葉を発せられる前に
レイモンドが深く口付けてくる。
呼吸をする事さえ塞ごうとしているかのような
レイモンドの行動に、エドワードの恐慌状態がピークに近づく。

気づけば、首を締めていた手が下ろされ、
引き裂くような勢いで開かれたシャツから見える
白い肌を探っている。

やっと、まともな呼吸が出来るようになった
エドワードの胸部は、忙しなく上下し
エドワードの状態を知らせている。

レイモンドは、すでに 自分がしている行動が
理解できなくなっていた。
貶められた自分の大切な英雄を、
自分が汚して手に入れたとしても、何がいけないと言うのか。
さらに、これから落ちて行くと言うなら、
その前に、自分の元に奪ってやる事が
これからの、エドワードの為にはよい事のはずだ。

幼い頃から、エドワードはレイモンドにとって、
唯の他人ではなかった。
しきたりと、家系の中で生きていた自分が
始めて、自分の生き方に疑問を持たせた人間だ。
逆らう程の勇気も覚悟も持てなかったレイモンドにとって、
自由奔放に、何にも縛られず、屈せずに挑んで行くエドワードは
自分のなりたかった、もう一人の自分として存在した。
憧れが尊敬に、思慕に、恋情に膨れ上がるのは
さほど時間は要しなかった。
自分の中で育った想いは、必然だとわかっていたから・・・。

そのエドワードが、たかが一人の人間の為に
膝を屈するような事があってはならない。

自分が手に入れたら、これからは、誰よりも
何よりも、エドワードを大切にして行こう。
エドワードが望むなら、家も権限も全て委ねても構わない。
彼が君臨する姿も、さぞかし心震える情景だろう。

うっとりと、その姿を思い浮かべ
エドワードを見つめる。

余程、苦しかったのか
美しい、自分を魅了してやまない金の瞳が
透明な皮膜で覆われている。

それを可哀相に思いながら、レイモンドが
そっと口付けて、耳元に囁きを落とす。

「エドワード、これからはずっと一緒に過ごそう。

 君は、何も心配することも悩む事もない。

 私は、絶対に君を裏切らないから。」

そして、ゆっくりと愛撫を再開する。
焦がれ続け、触れる事が叶わなかった白い絹のような肌に
自分だけの所有印を刻みつけながら。

エドワードを手に入れれたと思い込んでいたレイモンドには
エドワードの虚ろな瞳からは、変化が読み取ることができなかった。

煙るような瞳の中では、
針のように引き絞られた瞳孔が、空洞を写していた。

そして・・・、周囲に一斉の破壊音と
乱舞する練成光が渦巻きあう。

「なっ!」

驚くと同時に跳ね飛ばされたレイモンドが見たものは
エドワードを囲むように渦巻くようにして広がる練成反応。

ロイと違い、錬金術を間近に、
こんな形で目の当たりにした事がなかったレイモンドが
狼狽を浮かべて、なす術もなくエドワードを呼ぶ。

「エドワード・・・、エドワード!!」

必死にエドワードを呼ぶレイモンドの声が届いたのか、
うっすらと目を開け、苦悶の表情を浮かべるエドワードが
去れと言う様に手を動かす。

レイモンドが、首を振りながら
エドワードに手を差し伸べようとすると、
強く首を振って、エドワードが苦しい呼吸の中
切れ切れと、しかし はっきりと言い放つ。

「出ろ・・家を、早く。

 俺は大丈夫・・・だ。

 し、ばらくすれば、収まる・・から。

 早く、早くしないと、巻き込まれる!

 出たら、絶対に戻ってくるな!」

それだけ言い切ると、後は集中するように
自分の身体を抱え込んで、小さく丸くなるエドワードの姿が映る。

そして、凄まじくなる練成は
レイモンドのすぐ傍の物質を瞬時に粉砕したかと思うと、
ノロノロと再生を繰り返している。
背後に、前方に、左右にと、同様の事が繰り広げられる。
天井から粉砕された破片が落ちては、
まるで、芋虫のように無様に這うようにして
空間を這い上がり、元の鞘に納まろうと足掻いている。

目の前で起きている事は、
すでにレイモンドの観念外の事で、
酷くシュールに蠢く造形物を
茫然と眺めるしかなかった。

その後、フラフラと立ち上がると、
レイモンドはエドワードに促されたように屋敷を出て行く。

練成は部屋だけで留まっていないのか、
屋敷中が悲鳴を上げているのか、
至る所で、破壊音が鳴り響き、振動を伝えてくる。

レイモンドは、覚束ない足取りで
漸く扉の外に出ると、練成の凄まじさに恐怖し震える、
正直な身体を引きずるようにして
門から出て行く。

後ろでは、耳を塞ぎたくなる音が続いている。

自分が知りえた、思っていた練成とは
全く異なるそれは、レイモンドの中に
大きな衝撃を与える。

あの巨大で、凶悪な力の前では
自分など何1つ出来る事はない。

錬金術師とは、あんなモノを自身の内に宿しているのか・・・。

脅え、怯む自分を恥じる余裕さえないまま
レイモンドは、一刻も早くと思いながら
竦む足を動かし、去っていく。



その屋敷から、練成反応が収まるまでしばらくの時間を要した。
先日より、そして 前々回よりも
段々と長くなる練成反応の嵐は、確実にエドワードの体力と気力とを奪って行く。




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